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しりとり法話バトル:第17回「ノーギャラ」佐山拓郎

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お題「ノーギャラ」

☆Vol.44 Winner☆

文: 佐山拓郎

浄土系単立天恩山五百羅漢寺 住職
昭和のある年の秋彼岸、東京下町の小さなお寺で生まれる。
前職はサラリーマン。縁あって目黒の羅漢寺の住職となる。
連続掲載は途切れましたが、長谷川穂積のように復活を目指します!

 「ギャラ」という言葉を辞書でひくと、「労働の対価として得る金銭や物品」とあります。それに対し、「労働の対価がない」状況が「ノーギャラ」です。なるべく避けたい状況ですね。
「お布施」のことをギャラと表現してしまうと、言葉の概念の違いで拒絶される方もいらっしゃいますが、私は広い意味でお布施もギャラだと思っています。お布施は「料金」ではありませんが、「労働に対するお礼の気持ち」であることには変わりないからです。
 小学校時代、クラスで飼育していた金魚が死んでしまったことがありました。クラスの皆に「お経をあげて欲しい」と頼まれた私は、祖父から教わり、唯一覚えていた「南無阿弥陀仏」というお念仏を、十回お唱えしました。
 私がお念仏を終えると、クラスの全員が、笑顔で「ありがとう」と言ってくれました。傍からみると、私のお経はノーギャラだったと思うかもしれませんが、あの時の笑顔が、まぎれもなく、私が生まれて初めていただいた「お布施」です。私はあの時、皆の笑顔から「お念仏を唱えて良かった」という気持ちを得ました。金銭や品物がなくても、ギャラは成り立つのです。

【審査員の評価】

総合評価:4.3/5段階中

[渡邉] 5
「お布施=ギャラ」は間違った理解だと考えていたので、このお話を読み、目から鱗という気持ちでした。金銭でも、笑顔や「ありがとう」でも「お礼の気持ちであることに変わりはない」。なるほどそうですね…!「ありがとう」の気持ちが金銭という形でお布施になるのですね。私達一般人のお給料にも「ありがとう」の気持ちが込められていたらいいなあ。

[島田] 4
とてもいいお話。そしてお布施の概念が分かりやすかったです。ただ、「でもお坊さんへのお布施は金品ですよね」とか言いだす人もいそう。。。

[中島] 4
私も死んだインコを中学生かそのくらいの時、友達にお経を唱えてもらいながら埋めた経験があります。それは創価学会のお経だったと後で知りましたが、子供がきちんとした儀式をもって、亡くなったものを供養したいと思った心に宗教の違いはありません。このお話も清々しい体験で、こういう気持ちは忘れちゃいけないなと思います。

☆しりとり法話バトルとは・・・僧侶たちが毎月しりとり形式で出されるお題にのっとって法話を作り、きびしい審査によって本誌掲載・非掲載のふるいにかけられる、フリスタ史上まれにみるサバイバルな企画。ウェブでは、残念ながら掲載に至らなかった法話と、審査員の評価を公開しています。

  

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