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しりとり法話バトル:第17回「ノーギャラ」稲田瑞規

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お題「ノーギャラ」

文: 稲田瑞規

浄土宗・称名寺
24歳の駆け出し僧侶。京都のお寺で育ちました。
趣味は中古CDを集めることです。

 「努力すれば必ず報われる」は世の真理だと信じたいものですが、悲しい哉、必ずしも現実はそうではありません。人は達成したい結果に向けてこう努力すれば達成できるはず、と予想するのですが人間の予想ほど当たらないものはありません。予想が外れ、求める結果が得られず「努力が報われない」と苦しむことになるのです。
 一方で、仏教の縁起の考えを引用し「現象には必ず原因がある、原因があるから結果が起こる」のなら「努力すれば必ず報われる」はずだ、と考える人もいそうですが、仏教の縁起はもっと複雑な原因がいくつも集まって結果は生じると考え、決して「一原因即一結果」というわけではありません。
 私たちはいつでも自分の行動の価値を定めてギャラ(見返り)を期待してしまいます。しかし、努力はノーギャラ、すぐに見返りがあるとは限りません。昔やってたことが思いもしない場面で花を咲かした、なんて経験はありませんか?努力は「報われる」ものではなく「繋がる」ものだと思います。ノーギャラの一見報われない努力は繋がり続け、ふとした時に予想もしなかった花を咲かせると私は信じたいです。

【審査員の評価】

総合評価:4.2/5段階中

[渡邉] 4
「努力が繋がる」という表現がとてもしっくり来ました。スポーツをしていた学生時代や、上司を怒らせてばかりの現在も、私は「どうせ私なんて…」と考えがちです。そういう後向きな気持ちがふっと軽くなるようなお話でした。

[島田] 5
ノーギャラの一見報われない努力は繋がり続け、ふとした時に予想もしなかった花を咲かせる。まさにそう思います。「自分は報われない」と思っている人が希望をもてるように、この考え方がすべての人に浸透することを願って満点。

[中島] 3.5
正直、「昔やってたことが思いもしない場面で花を咲かした、なんて経験はありませんか?」と24歳の和尚さんに言われると、「…ありますよ」と遠い目で言う他ありませんが、おっしゃる通り、努力は報われるのではなく繋がる、というのも別に間違ってはないと思います。私もまだまだ若輩者ですが、しかし最近「報われる」という意味は、いい意味で「自分に返ってくるもの」という意味なんだなあ、とつくづく思います。

☆しりとり法話バトルとは・・・僧侶たちが毎月しりとり形式で出されるお題にのっとって法話を作り、きびしい審査によって本誌掲載・非掲載のふるいにかけられる、フリスタ史上まれにみるサバイバルな企画。ウェブでは、残念ながら掲載に至らなかった法話と、審査員の評価を公開しています。

  

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